手をなぞることから、生まれた作品
今回の作品は、まず版画を刷って、それを切って貼り合わせたコラージュをベースに、水彩絵具とアクリル絵具を重ねて制作しました。
作品をつくるとき、私はたいてい音楽を聴いています。
バラードのような、短調の曲を選ぶことが多く、自分の中にある想いを深く沈めながら描きたいときには、あえてその感情が深まるような音楽を流します。
泣きそうになることもあります。
そんな時間も含めて、そういう自分も好きだと思うのです。
少し危ういところにいるような感覚になることもありますが、そこにある感情をたどりながら、作品をつくっています。
今回の作品のきっかけとなったのは、今年1月に夫を突然亡くしたことでした。
何もせずにいると、自分の心を保てなくなりそうで、私は自分の手を色鉛筆でなぞることを始めました。
絵を描く気持ちになれない日でも、手をなぞるだけならできる。
そして、日付を書き添える。
その日、私が確かに生きていたという証になるような気がしました。
その行為から生まれたのが、今回の版画作品です。
版をつくるときには、自分の手を実際に当てがい、自分の手のサイズに合わせて形をつくりました。
自分の手をなぞることから始まった時間が、今度は自分の手そのものをかたちにする作品へとつながっていきました。
この時はあらかじめ、何日分描くかを決めていました。
13、22、48。
この3つの数字に達したとき、作品を完成させると決めていました。
13は、夫と愛猫の命日。
22は、私の誕生日であり、結婚記念日の日付。
48は、私の年齢です。
生まれた年は違っても、まったく同じ日付に旅立った、私の大切な家族。
もうすぐ冬が来ます。
そして来年、再びその日を迎えることを、今はまだ少し怖く感じています。
夫が倒れたことに気づくのが遅かった。
もし、もっと早く気づいていたら。
そんな思いは、きっとこれからも私の心の中にあり続けるのだと思います。
けれど、あのとき起きたことが事実であり、もう変えることはできないということも、わかっています。
だからこそ、自分の中に湧き上がる感情を無理に消そうとせず、悲しみも後悔も受け止めながら、これからを過ごしていきたいと思っています。
そんな日々の中で、気づいたことがあります。
悲しいことばかりではなかった、ということ。
悲しみの中には、たくさんの温かい手がありました。
手を差し伸べてくれた人。
手を貸してくれた人。
実際に、私の手を握ってくれた人。
そのひとつひとつに、支えられてきました。
生きていると、周りの人の優しさに気づくことがあります。
その優しさを受け取り、感謝すること。
新しい出会いがあること。
誰かと笑い合えること。
悲しみの中にいても、そうした時間は確かに訪れます。
日本では、友人同士で握手をしたり、ハグをしたりする習慣はあまりありません。
けれど、私の心の中には、そんなふうに自然に触れ合いたいという気持ちがあります。
言葉だけでは伝えきれない想いを、手を握ることで伝えられたら。
ありがとうも、大切に思う気持ちも、愛情も。
今回の作品は、これまで関わってくれた人たちへの感謝と、伝えきれない愛のようなものを思いながら制作しました。
手をなぞることから始まった時間。
自分の手をかたちにすることで、そこに刻まれた日々。
悲しみだけではなく、私が生きてきた時間と、誰かから受け取った温もりも、この作品の中に重なっているように思います。
これからも、いろいろな感情を抱えながら生きていくのだと思います。
その中で出会う人や、交わす言葉、触れ合う手を大切にしながら。
この作品が、そんな時間の中から生まれたことを、ここに残しておきたいと思います。
作品はこちらで展示します
「藤枝市民文化祭」
2026年10月30日(金)〜11月1日(日)
9時~16時(1日は15時まで)
生涯学習センター
藤枝市茶町1-5-5
藤枝市のホームページはこちら









